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※以下の文章は、2000年8月4日〜9月1日までの間、ニュージーランド(オークランド)とオーストラリア(アデレード&メルボルン)を調査訪問した際に、勤務先の大学の学科事務室や、所属していた『メディア教育委員会』のサイトに書き込んだものを中心としています。なお、今回の公開にあたっては、不必要な部分を削除したり、多少の修正を加えています。【1NZ$=50〜52円】

懐かしのニュージーランドから元気な声でコンニチハ!

◇一年ぶりに戻ってきたニュージーランドは快晴そのものでした。もう本当に、爽やかな「冬晴れ」で、吹く風も肌に心地よく、日々の雑事の中でモヤモヤしてきた心がスッカリと落ち着きました。よっぽどニュージーランドが自分に合っているのでしょう! 8年前の一年間の在外研究による滞在を含めて、今回で、もう12回目の訪問になります。滞在期間を総計すると、この10年の間に、二ヶ年近くはこの国で生活してきた計算ともなります。

◇研究室に置くためと、F棟の授業で使うために、1ヶ月ほど前にIBMのノートパソコンを買ったのですが、そのときに添付してきた『ヴァーチャルCD』というソフトを利用して、パソコンにまるごと録音してきたお気に入りのCDを聴きながらこのメールを書いています。デジタル録音ですから、音質もバッチリです。でも、CD7枚分の録音で、なんと3Gバイト以上も容量が必要なのです。幸いボクのパソコンの容量が12Gだったので、今回はなんとか間に合いました。

◇直前まで仕事に追われ、忙しく電車と飛行機に飛び乗り、朝にオークランド空港に着いて、空港から乗りあわせのシャトルバスを利用して、予約してあったYMCAに来ました。しかしその部屋がボクのイメージに合わずに困ってしまいました。これまでは南島のクライストチャーチの新しいYMCAをよく使っていたので、とても快適でした。なんと部屋の鍵を開けると、さらに二つの部屋があって、その間にトイレとシャワーがついているのです。もう誰かが使っている音が聞こえました(女性だったかも?)。自分専用のトイレとシャワーが欲しかったので、わざわざ「ダブルルーム」を予約したのです。シングルルームには付いていないとのことだったので・・ 要するに、このYMCAの「ダブルルーム」の意味はこういうことだったのです! こんな部屋のスタイルは初めてでした。

◇それで、インド人のオジサン・スタッフの聞き取りにくい英語に苦労しながらキャンセルをして、「だから大都会のオークランドはイヤなんだ!」とボヤきつつ、「インフォメーション・センター(i)」へ行きました。「i」はどこでもそうですが、親切な女性スタッフがいて、今度はとても快適なホテルを紹介してくれました。冬場の料金体系なのか、通常は15,000円はするのが、なんと5,000円程度でした。まあとてもユッタリとした、実に豪華な部屋で、ベランダも付いていて、何だか貧乏性のボクにはゼイタクな感じです。部屋の広い窓からは美しいオークランドの海を眺めることができます。海上に浮かぶ夕焼けがとってもキレイで、感動してジッと眺めてしまいました。そこで、このホテルに二週間滞在することに決めました。いつもはたいていレンタカーでの移動生活なので、モーテルにばかり泊まっています。今回はオークランドのみの滞在なので、タクシーとバスです。今月の19日には、オーストラリアのアデレードに行き、やはりそこでも二週間滞在します。オーストラリアにも、これまで何度も立ち寄りましたが、アデレードは初めてです。コンコルドには乗らないので、無事、アデレードに着けることと思っています。一応、アデレード市内から路面電車で30分ほどの、海辺の街のモーテルに予約をしてあるのですが・・ 空港から10分程度だそうです。すべて、現地のホームページによる情報です。

◇さて、洗濯機や電子レンジなども備わっているコンドミニアム形式の部屋に落ち着いた後、「ディック・スミス」という、この国ではメジャーなパソコンショップへ行って、電話の差し込み口のアダプターを500円ほどで買いました。ご承知のように、ニュージーランドでは、コンセントと同様、電話の差し込み口も日本のサイズとは異なるためです。それで、ホテルの部屋の電話から、現地のプロバイダーを経由しての「ローミングサービス」ができるように、アレコレ苦労しながらパソコンのシステムを設定し直して、こうしてメールができるようになった次第です。正直のところ、オジさんであるボクには少し難しかったです!

◇面白いことに、メールの受信欄を開くと、出国直前に送ったニュージーランド人の友人からの返信が届いていました。つまりは、ニュージーランドから日本に送られたボク宛のメールを、今度はニュージーランドから、ボクのメールアドレスにアクセスして読んだ、というわけです。そこで、ホテルから彼に「今、メールを読んだョ!」と電話をしました。ちなみに、ローミングサービスの場合、ボクが加入している『ビワローブ(滋賀県内ではメジャーなプロバイダーです)』の場合、月額の使用料が400円で、1分間につき10円の使用料がかかります。それプラス、現地での通話料もかかります。そこでボクの通話記録を調べてみると、滞在しているホテルから外線を通して接続した場合の通話料が30分で50円くらいでした。現地の2つあるアクセスポイントがオークランドだったのも幸いしました。市内通話料金で済むからです。もっとも、この国では一般家庭からの電話の場合、市内通話料は何と「無料」なのです。ニュージーランドがインターネット天国と言われるゆえんでもあります。

◇月曜日(7日)から連日、調査活動の日々です。今回は研究助成金をもらっての訪問ですから、当然かもしれませんが・・ 主として『機能的制約者』たちの権利擁護団体への訪問と、その活動の実際を見て回っています。いつものことですが、人権感覚が鋭敏な現地スタッフから励まされ、元気をもらいながらの調査です。特に『IHC』という、知的側面での制約者のための権利擁護団体は、ボクにとっては、もう親戚のような存在です。

◇北海道の田舎育ちのボクにとって、人口百万人の、この国最大の大都会でもあるオークランドはあまり好きではなく、これまで何度も来ましたが、仕事とは関係のない短時間の用事による訪問のみで、ジックリと調査したことがありませんでした。まあ、でも「住めば都」です。しかしオークランドの中心街は、もうホントに日本人の旅行者だらけで、少し閉口です。オークランド空港でも、セーラー服を着た日本の中高生たちの修学旅行の団体ばかりでした。こんなところまで来て、制服着用なんて! でもその分、日本食には不自由しません。日本食材のスーパーもありますし・・ また、市内にはたくさんの日本食レストランがあります。年々、増えていっているみたいです。よく行きつけの店で「みそラーメン」を食べます。なかなかの味で、幸い、今回は円高ですので、日本で食べるよりも安いです。それでは、これで失礼をします。


From: City of Sails in New Zealand    2000年08月12日 (土) 18:26:15

◇ホテルの部屋から、オークランドの港を眺めながら、このメールを綴っています。さすがにオークランドを示すタイトルのごとく、週末(8月12日:土曜日)ともなれば湾内には数多くのヨットが浮かぶのが見えます。メディア教育委員会専用のコーナーができたことを嬉しく思います。言わないことも多い反面で、ボクは性格的に上手なウソをつけないオープンなタイプなので、こうした方法でドンドン情報公開をするのは大賛成です。

◇この国(NZ)も、ここ数年で、政府から関係予算がおりて、各高等教育機関に、身体機能の制約によって学習に困難を覚える学生たちへの支援体制が徐々に整いつつあります。その結果、専属のサポートスタッフが各大学等に配備されています。具体的には、スタッフによるカウンセリングや、連絡調整、授業に際してのノートテイカーの配備、手話のできるスタッフの配備、スキャナーや拡大機能を有したパソコン等が配置されている部屋の配備、等々があります。この国では『インクルージョン』のスローガンのもとに、あらゆるタイプの学生たちへの学習保障体制が整備されてきつつあるのです。そのベースには鋭敏な人権(権利擁護)感覚・思想があります。

◇私たちの大学でも、一人ひとりの人権保障がキチンとそのベースに据えられた学習支援体制が整備されたならば、それなりに特色のあるキラリとした大学となるに違いありません。この国で、そんなことを改めて教えられています。あと一週間、現地調査に励みます。こう、ご期待!


From: City of Sails  2000年8月15日

◇おはようございます。こちらは今は午前9時過ぎですが、日本との時差が3時間ありますので、日本では午前6時すぎになります。ボクは今、この文章を、IBMの音声入力ソフトを使って書いています。使い始めたばかりで、まだこのソフトは充分に機能していませんが、これから徐々にトレーニングを重ねていって、認識精度の高いソフトとしてつくり変えていくつもりです。もしもこのソフトが充分に活用し始めたならば、聴覚に機能的制約状態を持っている学生たちも、通常の大学の授業でさほどの支障もなく授業に参加することも可能となるはずだからです。

◇今日もオークランドはとても良い天気です。ボクは夜明け前に起きて、オークランド湾の夜明けを眺めていました。今日は、オークランド工科大学へ行きます。この大学には、さまざまな機能的制約状態を持つ学生たちへの支援サービス機関として、ディスアビリティ・リソースセンターというセクションがあります。ニュージーランドでの調査活動も順調に進み、木曜日の朝にはこのホテルをチェックアウトして、オークランド空港近くのホテルに泊まります。そして金曜日の早朝に、オークランド空港からシドニー空港を経由して、オーストラリアのアデレードまで行きます。アデレードと日本との時差は、たぶん30分だったと思います。パソコンの画面には日本時間が出ていますので、便利です。


オーストラリア(アデレード)より 2000年8月21日

◇昨日(20日)に、あなたの感情の起伏が画面から激しく表れている電子メールを読みました。この大リストラの時代に、毎日忙しく仕事ができて良かったですね! もちろん、これは嫌味ですョ! ですから、南半球の方角に向かって、思いっきり「バカヤロ〜ッ!」「人でなし〜ッ!」と叫んでみてください。きっとその声が届きますから!

◇日々、ドンドンと進化しているボクは、もうすでに麗しのニュージーランドを思いっきり離れ、飛行機を乗り継いで、オーストラリアのアデレードに来ています。グレネルグという小さな港町(保養地)のイタリア系住民が家族で経営しているモーテルに滞在しています。1泊が4,500円ほどです(その後、交渉して4,200円にディスカウントしてもらいました。ラッキー!)。昨日は教会へ行った後に、街の映画館でアメリカ映画を観ました。ほとんど言葉は解りませんでした。これでよく調査ができるもんだ、と我ながら感心しています(まるで反省の色なし!)。でもこれはあくまでも言い訳ですが、自分の専門領域の場合は、さほどの苦労もないのですが、こうした日常会話に苦労しているのです。ともあれ、オージー・イングリッシュは、キーゥイ・イングリッシュよりも解りにくいです。それだけは判ります。そして、ここから路面電車に乗って、約30分でアデレード市内です。これから毎日、トコトコと70年前の博物館ものの路面電車でアデレードに通います。海のズ〜ッと向こうは、実に南極ですゾ!

◇アデレードに来て、日本とのこれまでの3時間の時差が、30分になりました。つまりは、日本よりも30分早いのです。ちなみに、シドニーは1時間です。オーストラリア国内でも時差があるのです。9月に入ると、サマータイムでさらに1時間の時差が生じます。それでは、数日後に、またメールします!


オーストラリア(アデレード)より  2000年08月23日 (水) 14:17:28
◇先週の土曜日から、飛行機を乗り継いで、オーストラリアのアデレードにきています。アデレードは今、早春です。タンポポに似た花が咲いています。滞在しているのは、グレネルグという、海辺の小さな町です。そこから70年前のコレクションものの路面電車に30分乗って毎日、アデレード市内まで出かけます。

◇例のごとく、滞在先のモーテルからローミングサービスを利用しようとしたのですが、通常の電子メールはできても、ホームページが表示されない、といったトラブルが生じてしまい、ホトホト困っています。そのため、日本の新聞も読めずにいます。そこで、しかたなくアデレードの中心街にあるインターネットカフェのようなお店から、このメールを送信しています。しかし、カフェではなく、オペレーションセンターのような事務的な雰囲気です。このセンターは20種類くらいの言語に対応できます。しかし、スタッフは勿論、日本語が理解できないため、なかなか日本語での操作がうまくゆかず、滞在先のモーテルの近くのカフェでは失敗しました。オークランドにはたくさんありました。先ほど、ピザハットで昼食を食べて、今は市内のカフェでこの文章を打ち込んでいます。

◇昨日(22日)は、知的制約者への支援サービスを行っている準政府機関へ行き、情報を得ました。そこで「今日(23日)、州政府の担当大臣が来て、新しい支援サービス事業がスタートするためのオープニングセレモニーがあるから、一緒に来ないか?」と誘われたのですが、遠地のためと、早朝出発だったため、グレネルグからでは無理だと判断して諦めました。というより、政治家ギライのボクとしては、気が乗らなかったのです。

◇今日は、アデレード大学の学生サービスセクションへ行き、スタッフから権利擁護に関する話を聞きました。この国でも米国や英国、ニュージーランド同様に「差別禁止法」が制定されていますので、セクハラは無論のこと、機能制約者の権利擁護も専属の事務スタッフによって保障されています。やはりこの種のことは、罰則規定がなければ、根本的な解決は無理のように感じます。日本には理念論のみがあるだけです。差別禁止法の制定が急がれます。

◇あすは、「ディスアビリティ・リソースセンター」へ行き、情報を得ます。あさっては、市内郊外の南オーストラリア大学です。相手側とのインタビューの予約が、なんとアデレードに着いてからとれました。日本にいるときにメールを送ったのに、なかなか返事がもらえず、それを受け取ったのがアデレードだったなんて! 来週は、いくつかの施設やグループホームを見学する予定です。

◇オーストラリアはニュージーランドよりも、やはり米国や英国に関心を向けているようです。でもボクは、やはりニュージーランドのほうが断然、好きです。

◇かくのごとく、ノートパソコンがあれば、たいていのことはできるものだ、と感心している次第です。

メルボルンより  2000年08月31日 (木) 07:20:47

◇明日で、4週間にわたる今回のオセアニアの旅も終わりを迎えます。今、メルボルンに滞在しています。朝の8時になっても、まだ薄暗い感じです。朝は吐く息も白く、また夕方には必ず冷たい雨が降ります。メルボルンの春はまだのようです。

◇結局、アデレードではホームページを開くことが出来ず、連日のようにインターネットカフェを利用しました。日曜日の午後に2時間ほど利用したのですが、その料金は何と200円ほどでした! きっと、曜日や時間帯によって料金が異なるのでしょう。

◇アデレードからシドニーまでのチケットは持っていたので、メルボルン行きのために、「フライトセンター」という、ニュージーランドでもしばしば見かける、いわゆる「HIS」のような割引航空券販売所でシドニーとメルボルンの往復チケットの価格を聞いたところ、25,000円弱でした。ところが、そのすぐ近くのカンタス航空のアデレード支店では、何と15,000円ほどでした。もちろん、カンタスで購入しました。まあ、実に細かな価格設定がなされており、不思議な感じがします。カンタスは自分の会社の便のいくつかの座席を格安で確保しているみたいです(企業秘密で教えてはくれませんでしたが)。でも、その結果、国内線でありながら、国際線のターミナルを経由しなくてはならない便で、ターミナルの移動で、少し面倒でした。パスポートコントロールも通過しなくてはなりませんでしたし・・・ シドニーからの便は、バンコックを経由して、ローマへ行く便がメルボルンに止まるので、その飛行機を利用しました。機内放送ではタイ語やイタリア語のアナウンスが流れていました(たぶん、ですが・・・)。格安の理由は、こんな背景かもしれません。余談ですが(と言っても、この文章そのものが余談でいっぱいですが)、シドニー国際空港でしばらく時間があったので、散策してみました。昨年は、シドニーには朝に着いたのですが、ニュージーランドのクライストチャーチへの乗り継ぎ便が夜遅くだったため、シドニー市内へ出ることもできたのですが、疲れていたためにターミナルビルのソファーで寝ていました。これまでシドニー市内まで30分ほどでしたが、最近、電車が開通し、地下にそのホームができていました。ロンドン並に便利になりました。また、オリンピック間近のせいか、リニューアルが進んでいて、一年前よりかなり使い勝手が良くなっていました。アチコチに韓国企業の提供によるスタンド式のパソコンコーナーがあり、無料で自由にインターネットを利用することができます。もちろん日本語もOKでした。この委員会のホームページも読めましたし、「わが人生、釣りが命!」的なホームページも読めましたョ!

◇さて、夕方にメルボルン国際空港に到着し、さっそくに空港内の「インフォメーション・デスク」に行き、3泊分のホテル予約を依頼しました。サービス精神のかたまりのような女性スタッフが「まちなかの便利なところで、朝食がついて、1泊5,400円ほどの良いホテルがある!」と勧めてくれましたので、そこに決めました。アデレードでパンフレットをみると、みな7,000円以上もするホテルばかりだったので、やはり現地で決めて良かったと思いました。たしかにモール街のど真ん中でした。そこで、あらかじめ調べておいたメルボルンのローミングサービスのアクセス番号に、さっそく接続を試みてみると、今度はバッチリでした。やれやれ、でした。苦労した分だけ、接続作業がうまくなりました!

◇メルボルン滞在の目的は、メルボルン郊外にある「DEAKIN大学」を訪問することでした。そのスタッフとのアポイントのやりとりは、すべてメールでした。ちなみに、この国立大学の名前は、オーストラリアの著名な建築家の名前だそうです。夕方に送信すると、翌日の午前中には返事が入っていました。まあ、実に誠実で仕事が速いです。朝の8時にはオフィスやショップがスタートするニュージーランドもそうですが、この国でも、平日は午前9時から連日、教授を含めたスタッフたちは既にオフィスにいますので、連絡が楽です。そこで、翌日、この大学のディスアビリティ学研究所のオコーナー教授から指定された時間(午前11時)に、これも指定されたように、75番の路面電車(トラム)に乗って、トコトコと50分あまりで大学の正面に着きました。メルボルンは、このトラムが網の目のように走っています。でも慣れなかったため、とても面倒で、緊張しました!

◇ディスアビリティ学部の教育機能を含む、この研究所(と言っても、昔の木造の宿舎をリフォームして使っている)は、とてもフレンドリーな雰囲気で、ちょうど事務スタッフの誕生パーティをしている最中でした。研究所のチーフのオコーナー教授のキャラクターそのものでした。かくのごとく、それまで文献でしか知らなかったバリー・オコーナー教授は、全身、これ「親切のかたまり」のようなオジサンで、ボクを温かく迎えてくれ、次々と他のスタッフたちに紹介をしてくれました。この学部は心理学、教育学、福祉工学、等々の学際的なスタッフで構成されており、ディスアビリティ学の総合的な研究がなされています。ボクの関心領域である地域支援や施設解体・閉鎖、自立生活、そして高等教育機関における当事者学生への支援サービス等の研究も盛んです。午後の同教授のセミナーの参加を勧められ、出てみると、2週間あまりにわたって各グループで調べてきたメルボルン市内のアクセス状況等々の実態に関する報告が行われ、その機関のスタッフたちもゲストで招かれており、学生たちと活発な意見交換がなされていました。何と、ワンセッションが3時間でした。4時を過ぎても、時間にゆとりのある学生たちは、外部機関のスタッフたちと、まだ自由に話し合っていました。ついでですが、「自分の家で夕食を食べないか?」とオコーナー教授が熱心に誘ってくれたのですが、疲れていたし、メールをいくつか送らなくてはならなかったので、その旨を伝えて断りました。すると「もしもメール送信が早く終わったら、電話してくれ。家でお茶でも飲もう!」とボクを市内まで車で送ってくれながら何度も言ってくれるのです。こうした「いいひと」は、どこの国にもいるものです。

◇その日は、当事者支援サービス部門の専門スタッフとも昼食を共にしながら話をしました。この支援センターは、研究所よりも、はるかに近代的な設備を有する建物に設置されています。つまりは、国や大学がかなり精力的に予算を注いでいるのが、こうしたセクションであることが、今回の調査でよく解りました。アデレードにある3つの大学が共同で作成したスタッフのための詳細なガイドブックも手に入れました。つまりは、耳の聞こえない学生に、どういった学習支援を行うべきか、等々の、詳細な手引き書です。差別禁止法の効力は素晴らしいです。オーストラリアでは3つの大学の支援センターを訪問しましたが、この点では、ニュージーランドよりも予算配備の点で、かなり進んでいる感じがしました。国力の違いかなぁ・・・ というのが、率直な感想です。梅花の現状をみたとき、そのあまりもの違いに悄然とした想いに駆られました。そしてファイトが湧きました。再び元気をもらいました!

◇そんなこんなで、今回の4週間の訪問旅行は明日でオシマイです。今日は平日ですが、一日、メルボルン市内を歩き回ります。今回、大学から20万円の研究助成金をもらったとはいえ、トータルで40万円程度はかかった今回の訪問旅行でしたから、少しはノンビリしても許してもらえると思います。

◇昨日、メールで6日に学科会議開催の予定が入りました。途端に気が滅入ってきました。加えて、来週から施設実習の巡回業務が待っています。1ヶ月抜けた分だけ、日程が詰まっています。今回、オセアニアでもらったファイトと元気で、またしばらくは励んでみたいと思います。そして、次回の訪問を首を長〜くして待ち望みたいと思います。

◇以上、チョー早春の、肌寒い南半球のメルボルンから、M.YAMAKIでした!


お疲れサン!  2000年09月02日 (土) 00:53:53

◇朝にメルボルンを発って、シドニー経由で、9月1日の夜遅くに○○の地に戻ってきました。メッチャ早春の地から、残暑厳しき地へとリターンです。何はともあれ、これにて今回の「旅日記」はオシマイです。それでは、職場で!