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『まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。』(ヨハネによる福音書 12:24 新改訳聖書)
◇今から,ひとつきほど前の4月27日に,弘前記念公園墓地にある教会墓地において,記念礼拝が執り行われました。ある女性信徒(姉妹)の納骨式を行うためでした。

◇さて,それは今年の2月17日の主日礼拝のときのことでした。かねてより胃ガンで療養中のその姉妹による、こころ揺すぶられるお証しを聴くことができました。かなりやつれた表情でしたが、その表情には喜びが満ち溢れていました。

◇「医師から告げられた私の命は、あと3〜6ヶ月だそうです。・・」そう彼女は語り始めました。その後、十分間あまり、用意してきた原稿を読みながら、神さまへの感謝と喜び、さらには残されてゆく者たちへの配慮を語りました。そして「この地上から肉体はなくなっても、天国において、みなさんを見守っています。天国でお会いできることを楽しみに待っています!」と、笑顔をもってそのスピーチを結びました。そこで,彼女が手書きでまとめたお証しの全文を読ませていただきます。

                       ― 中略 ―

◇私はこのお証しを聴き、まことの「神の聖徒」に出会ったような、そんな心地よい衝撃を感じました。そしてそれは、私自身も「かくありたい!」と思わされるような凛(りん)とした体験でした。

◇ひとが死ぬ間際に発するメッセージは、とても荘重なものです。そうしたギリギリの時に、神さまへの感謝と喜びを明確に語ることのできる、そうした信仰こそがホンモノだと思うのです。

◇そのお証しから1ヶ月後の3月20日に、病室の彼女を見舞いました。しかしもう話すことができなくなっていました。しきりと涙を流していましたが、その顔は微笑んでいました。それは愛なる神さまによって、地上から天上へと移されることを心底から信じているといった、静かで清んだ微笑みでした。

◇こうして神の忠実なる聖徒は、それから5日後の3月25日に静かに召され、地上から天上へと、その住まいを移していったのです。わずかに47歳の地上での生涯でした。

◇さて,「もしも神や仏がいるならば、そして神仏を信じていながら、どうしてこんな理不尽で、辛く厳しいことが起こるのか?」といった発言を、ときおり耳にすることがあります。辛く厳しい状況に置かれている当事者の方にとって、そう思いたくなるような気持ちはよく理解できます。

◇これについて、かつてノートルダム清心女子大学の学長をされた渡辺和子シスターは、次のように述べています。

「神の優しさは、試練を与えないことによって示されるのではなく、試練に耐える力を添えることによって示される。」(『愛をこめて生きる』PHP研究所 1989年)

 すなわち、私たちは感謝できないような厳しい状況に置かれたときに、そうした試練に耐え得(う)る力を添えてくださる神さまのご配慮や優しさに感謝をすべきである、とシスター渡辺は言われるのです。厳しきながらも、まことに深い洞察に基づく珠玉のまなざしだと思うのです。

◇私たちは、ときとして自らもまた苦難や試練にさらされることがあるがゆえに、同じくそうした厳しく辛い状況下に置かれている人たちの気持ちが共感的に理解できるのではないかと思うのです。「辛くて苦しいのです・・」そう語る人に対して、「あなたの辛いお気持ちはよく解りますよ。私自身もそうした歩みを重ねてきましたから・・」と静かなる微笑みをもって相手の状況をあるがままに受け容れることができるのだろうと思うのです。そのためには、私たち自身が愛なる神さまから、さらなる試練の機会を与えていただき、それによるところの修練を重ねてゆかねばならないのだと思うのです。なぜなら,必要な試練は自己向上の糧(かて)でもあるのですから・・。

◇私たちはみな等しく、いつ召されるとも知れない限られた地上での命(いのち)を生きています。それゆえ、不必要なる嘆きや悲しみに沈んでいる時間などないのです。物質的な欲望の充足などに心を奪われているゆとりなどないのです。ゆえにこそ、与えられた地上での生涯を、精いっぱい、かつ喜びをもって前向きに歩みたいと思うのです。

お祈りをささげましょう・・

◇恵み豊かなる愛なる神さま。今朝のチャペルでは,47歳で召された姉妹のお証を通して,神さまの深き愛とご計画の豊かさを学ぶことができましたことを感謝申し上げます。私たちが,愛なる神さまのご計画に信頼をするとき,あなたは絶望や嘆きに満ちた暗き淵より,慰めと希望に満ちた喜びの生涯へと引き上げてくださることを信じます。どうか私たち一人びとりが,神さまから与えられた命の尊さをおぼえ,感謝のまなざしを持ちつつ,日々の歩みを重ねることができますように,お導きと励ましを,お願い申し上げます。この祈りを,我らの唯一の救い主である,主イエスキリストのお名前によって,信じてお祈りを申し上げます。ア〜メン!