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『まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。』(ヨハネによる福音書 12:24 新改訳聖書)
◇1988年の夏に,私は開通間もない青函トンネルを利用しました。約24年間の工事期間を要して完成した,このトンネルは,海面下240メートルに,総延長53.85Km。青森〜函館間を2時間あまりで結んでいます。

◇青函トンネルができる前は,人々の多くは青函連絡船を利用して,本州と北海道とを行き来していました。北海道育ちの私もまた,東京の大学からの帰省の際に,しばしばこの青函連絡船を利用したものでした。上野駅からの夜行列車が翌朝,青森駅に着き,そこから青函連絡船に乗船し,逆に,夕方に函館港から乗船して,青森からの夜行列車で東京に向かうのが常でした。片道4時間半あまりの船旅でした。現在,函館には「摩周丸」が,そして,青森には「八甲田丸」がメモリアルシップとして,その往事の姿を見せています。

◇かつて私は,四国で生活をしました。そのため,青函トンネルと同じ年の1988年に瀬戸大橋ができる前には,香川県(高松港)と岡山県(宇野港)とを1時間あまりで結ぶ,宇高連絡船を何度も利用したものでした。

◇この瀬戸大橋ができるきっかけとなったのが,紫雲丸海難事故でした。1955年5月11日の早朝、高松発の宇高連絡船「紫雲丸」が、玉野(岡山県)発の大型貨車運航船「第三宇高丸」と衝突して沈没し,修学旅行中だった小・中学生ら168人が死亡した,といった事故でした。事故当時は,濃霧で視界が50メートルほどしかなく,紫雲丸はわずか3分間で沈んだといわれています。

◇さて,瀬戸大橋と同じく,この青函トンネルが着工される契機となったのは,この紫雲丸海難事故,同様,そこに大きな海難事故があったからでした。それが本日,お話をする洞爺丸海難事故です。

◇この紫雲丸事故の8ヶ月ほど前の,1954年9月26日の夕刻,迫り来る大型台風(後に「洞爺丸台風」と言われました)の中,青函連絡船「洞爺丸」は函館港を出港しました。しかし最大瞬間風速40メートル以上の強風に危険を感じた船長は,港外に出ることを思いとどまり,函館湾内に錨をおろして停船しました。それでも激しさを増し加えた波風は容赦なく洞爺丸に襲いかかり,その結果,航行不能となってしまった洞爺丸は,やがて函館湾七重浜沖に座礁し,ついには転覆してしまったのでした。この海難事故によって,乗船客の大半,すなわち1,000名を超える多くの犠牲者が出てしまいました。これは当時,タイタニック号に次ぐ,大きな海難事故でした。

◇ところで,この洞爺丸海難事故の犠牲者の中に,二人の外国人が乗船していました。一人はカナダから日本に派遣されていた宣教師のアルフレッド・ラッセル・ストーンであり,もう一人はアメリカのYMCAから日本に派遣されていた協力主事のディーン・リーパーでした。亡くなった時,ストーン宣教師は52才,またリーパー宣教師は33才でした。

◇次第に激しさを増す風雨と大波の中で,乗船客たちはパニック状態に陥りました。やがて全員に救命胴衣の着用指令が出され,ストーン宣教師とリーパー宣教師は,泣き叫ぶ乗船客たちを励ましながら救命胴衣着用の手助けをしました。しかし,そうした彼ら自身は,残念ながら海中へと消え去ってしまったのでした。

◇このときの様子を,クリスチャン作家であった三浦綾子さんは,その代表的な小説である『氷点』の中で、次のようにイメージをふくらませながら書き綴っています。
(引用部分は省略。氷点の「台風」をご参照下さい)

◇この海難事故から二日後にストーン宣教師の遺体が,その後,リーパー宣教師の遺体が発見されました。多くの犠牲者たちは救命胴衣を着けたまま亡くなっていましたが,この二人は救命胴衣を身に着けてはいませんでした。なぜなら,二人とも,自らの救命胴衣を他の乗船客に差し出して死んでいったからでした。そのことは,生存者からの証言によって明らかとなりました。

◇洞爺丸海難事故という,大きな悲劇の中で,この二人の宣教師が示した『一粒の麦』の行為は多くの人々に深い感動を与えました。日本経済新聞は「使徒にふさわしい最期」と書きました。

◇さて,かつて私は,二週間ほどイスラエルを訪れたことがあります。聖地エルサレムの丘の斜面に,大祭司カヤパ邸の跡に建てられた鶏鳴教会があります。「鶏が鳴く」と書きます。鶏鳴教会の名前は,主イエス様が言われたごとくに,弟子のペテロが三度にわたり主イエス様を否んだ後に鶏が鳴いた,という聖書の記事に由来します。聖書には,次のように述べられています。

 ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て,「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。ペトロは皆の前でそれを打ち消して,「何のことを言っているのか,わたしには分からない」と言った。ペトロが門の方に行くと,ほかの女中が彼に目を留め,居合わせた人々に,「この人はナザレのイエスと一緒にいました」と言った。そこで,ペトロは再び,「そんな人は知らない」と誓って打ち消した。しばらくして,そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。「確かに,お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる。」そのとき,ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら,「そんな人は知らない」と誓い始めた。するとすぐ,鶏が鳴いた。ペトロは,「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て,激しく泣いた。(マタイによる福音書:第26章57〜59節、69〜75節)

◇こうしたペトロ(ペテロ)の気持ちは,よく理解できます。弱い私たちは,しばしばこうした自己弁護や保身に走るものだからです。

◇昨日,私は聖書贈呈団体である,日本国際ギデオン協会の働きのために,ある中学校へ行きました。校門の前で,他の会員たちと共に,登校してくる生徒たちに聖書を配布するためでした。幸い,大半の生徒たちが快く受け取ってくれました。また,学校長をはじめ,教職員たちも協力的でした。陸上の朝練に励んでいた,ある二人の男子生徒などは,わざわざ校門までやって来て聖書をもらってゆき,それを開いて読み始めました。それをみて,思わず涙が出そうになりました。

◇学校で聖書を配布するためには,事前に学校を訪問して学校長からの配布許可をもらい,警察から道路使用許可を得なくてはなりません。1時間あまりの活動ですが,時には悪天候の中,寒さに震えながらの活動ともなります。各地の聖書配布活動に関する報告を読むと,即座に聖書を捨ててしまったり,心ない言葉を投げつけられたり,といった,こころ痛むような悲しい事例がいくつも報告されています。

◇「聖書を配布しています。読んで下さい!」「いえ,いりません!」などと言って拒絶されたりすると,気弱な私は,つい気持ちがくじけそうになることもあります。そうした中で,(自分の孫のような世代の)生徒たち一人ひとりに元気な声を掛けながら,次々と聖書を手渡してゆく先輩メンバーたちの姿を見つめながら励まされ,教えられることが多くあります。

◇気持ちがくじけそうになるときは,私自身が大学生の頃,キリスト教のラジオ番組を聴き,無料の聖書を送ってもらうためにハガキを出し,送られてきた聖書(それは文字が小さな薄い聖書でしたが)を,むさぼるようにして読んだことを思い出すのです。すると元気が出るのです。そして再び,「今日は全校生徒たちに聖書を差し上げています。読んで下さいね!」と言いながら,中学生たちに聖書を手渡すのです。つまり,
『そればかりではなく,患難さえも喜んでいます。それは,患難が忍耐を生み出し,忍耐が練られた品性を生み出し,練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。』(ロマ書 5:3・4)との御言葉にもあるように,こうした伝道活動は,何より私自身にとっての信仰の修練のためでもあるのです。

◇9月の猛暑の日々で,私は発熱をしてしまい,体がフラフラしていましたが,どうしても前日に訪れた『鶏鳴教会』にある地下牢獄を,もう一度,見学したいと願い,滞在していたエルサレムのホテルから徒歩で40分のところにある『鶏鳴教会』を再び訪れ,当時の地下牢獄を30分あまりをかけて見学しました。幸い,その間の見学者は私一人でした。

◇主イエス様が十字架にお架かりになられたときには全員が逃げ出してしまったような弱き弟子たちが,その後,大胆に神さまの福音を宣べ伝え始め,その結果として投獄されたり,迫害を受けながらも,なおかつ命をかけてまでも懸命に伝えようとした,そうした篤き想いは,いったいどこから出てきたのか,ということを,この岩をくりぬいた牢獄にひとり佇(たたず)みながら,私は静かに思い返してみました。それは何よりも,主イエス様のご復活の「事実」を,弟子たちが確かに体験したからに他ならないのだ,と私はこの地下牢獄の中で確信することができたのです。

◇ストーン宣教師とリーパー宣教師,この二人の宣教師たちも,ご復活の主イエス様に出合い,
『怠らずに励み,霊に燃えて,主に仕えなさい。希望をもって喜び,苦難を耐え忍び,たゆまず祈りなさい。』(ローマの信徒への手紙 12:11・12)との御言葉に聴き従って,日本へと遣わされてきた主の仕え人(びと)でした。そして,あの「美しの門」で,ペテロとヨハネが,『神に従わないであなたがたに従うことが,神の前に正しいかどうか,考えてください。わたしたちは,見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。』(使徒言行録 4:19・20)と大胆に語ったごとくに,そして,『あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。』(ヨハネの黙示録 2:10)の御言葉のごとくに,人々に福音を宣べ伝え,かつ自らの命さえも差し出したのでした。私たちは,そうした彼ら二人の宣教師たちが確かに示してくれたところの『一粒の麦』のまなざしを,しっかりと心に留めたいと思うのです。

お祈りをいたしましょう・・
 恵み豊かなる愛なる神さま。今朝のチャペルを感謝いたします。私たちは皆,等しく,自己保身に走りがちな弱き者たちです。そうした中で,神さまの絶対的なご恩寵に触れた,この二人の宣教師たちが自らの行為をもって示してくれた「一粒の麦」のまなざしから学ぶことができましたことを感謝いたします。そして,私たちもまた,こうした愛のまなざしをもって,お互いを支え合うことができますよう,必要な知恵をお与え下さい。この祈りを,愛する尊き主イエス・キリスト様のお名前によって,信じてお祈りいたします。ア〜メン。

(参考文献:新堀邦司「海のレクイエム」日本基督教団出版局 1989年)