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『まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。』(ヨハネによる福音書 12:24 新改訳聖書)


◇1909年(明治42年)2月28日のことです。「塩狩峠」を走っていた列車の最後尾の連結が外れてしまい、その結果、客車が逆行し始める、といった事態が起こりました。そのとき、その列車に乗り合わせていた長野政雄氏というキリスト者が、列車の下に身を投げ出し、自らが客車の下敷きとなって列車を止め、乗客の命を救って殉職する、といった衝撃的な出来事がありました。

◇塩狩峠の頂上付近にある塩狩駅の近くには、『長野政雄氏殉職の地』と題された記念碑が建てられています。その記念碑には、以下のような文章が刻まれています。なお、この実話を元にして書かれた小説が、三浦綾子さんによる『塩狩峠』(新潮社)です。

 明治四十二年二月二十八日夜、塩狩峠に於て、最後尾の客車、突如連結が分離、逆降暴走す。乗客全員、転覆を恐れ色を失い騒然となる。時に乗客の一人、鉄道旭川運輸事務所庶務主任、長野政雄氏、乗客を救わんとして、車輪の下に犠牲の死を遂げ、全員の命を救う。その懐中より、クリスチャンたる氏の常持せし遺書発見せらる。「苦楽生死均しく感謝。余は感謝してすべてを神に捧ぐ」右はその一節なり 三十才なりき

◇アクシデントによって、頸から下が麻痺状態となり、口に絵筆をくわえて、美しい詩画を生み出してこられた星野富弘さんという人がおられます。その星野さんの詩の中で、私が好きな詩に『竹』と題された詩があります。理由は、そこに“支え合いのまなざし”を感じ取ることができるからです。

     
竹が割れた こらえにこらえて倒れた
     しかし竹よ その時おまえが 共に苦しむ仲間達の背の雪を
     払い落しながら倒れていったのを 私は見ていたよ
     ほら倒れているおまえの上に あんなに沢山の仲間が起き上っている
     
星野富弘詩画集『鈴の鳴る道』(偕成社 1986年)より

◇この詩から、自らが倒れることによって他者を活かす、といった“支え合いのまなざし”を学ぶことができます。さて、今朝(こんちょう)の御言葉(聖句)を拝読してみます。

『よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。』(ヨハネによる福音書 第12章24節)

◇これは『一粒の麦』として、よく知られている聖書個所です。主イエス様は、やがてご自身の十字架上での死を通して、全ての人々への救いの業(わざ)を成就するのだ、ということを、この喩えをもって示されたのでした。すなわち〈死ぬことが、真の意味での生きることである〉といった福音の真理をここで示されたのです。

◇さて、本日のメッセージ・テーマは『塩狩峠』です。私自身も『塩狩峠』を、これまで3度、訪れました。週報には、1909年(明治42年)2月28日に、標高263mの『塩狩峠』において、客車の連結が外れ、逆行暴走し転覆しそうになった列車を止めようとして客車の下にわが身を投げ出し、犠牲的な死を遂げた長野政雄氏について、簡単に記載しました。そして、この長野政雄氏の行為こそが、まさにこの『一粒の麦』を具体的に実行したところの歴史的事実なのです。

◇クリスチャン作家であった三浦綾子さんは、1968年(昭和43年9月)に、この題材を元にして『塩狩峠』(新潮社)という、三浦文学を代表する名著を著しました。その小説の中では「永野信夫」となっていますが、その信夫が主イエス様を、自らの救い主として受け容れようとする様子を、以下のように描写しています。
※なお、長文引用の関係で、以下の引用は「中略引用」となっています。

信夫は、キュッキュッと鳴る雪の道を歩きながら、駅前通りに出た。・・赤煉瓦で有名な興農社(こうのうしゃ)の所までくると、何か大声が聞えた。みると、一人の男が外套も着ないで、大声で叫んでいる。だれも耳をかたむける者はない。
信夫は、ふと耳にはいった言葉にひかれて立ちどまった。

「人間という者は、皆さん、いったいどんな者でありますか。まず人間とは、自分をだれよりもかわいいと思う者であります」

信夫は驚いて男をみた。男の澄んだ目が、信夫にまっすぐに注がれている。

「みなさん、しかしわたしは、たった一人、世にもばかな男を知っております。その男はイエス・キリストであります」「イエス・キリストは、何ひとつ悪いことはなさらなかった。・・人々に、ほんとうの愛を教えたのであります。ほんとうの愛とは、どんなものか、みなさんおわかりですか」

信夫は、この男がキリスト教の伝道師であることを知った。男の声は朗々として張りがあったが、立ちどまっているのは、信夫だけである。

「みなさん、愛とは、自分の最も大事なものを人にやってしまうことであります。最も大事なものとは何でありますか。それは命ではありませんか。このイエス・キリストは、自分の命を吾々に下さったのであります。彼は決して罪を犯したまわなかった。人々は自分が悪いことをしながら、自分は悪くはないという者でありますのに、何ひとつ悪いことをしなかったイエス・キリストは、この世のすべての罪を背負って、十字架にかけられたのであります。彼は、自分は悪くないと言って逃げることはできたはずであります。しかし彼はそれをしなかった。悪くない者が、悪い者の罪を背負う。悪い者が悪くないと言って逃げる。ここにハッキリと、神の子の姿と、罪人の姿があるのであります。しかもみなさん、十字架につけられた時、イエス・キリストは、その十字架の上で、かく祈りたもうたのであります。

いいですかみなさん。十字架の上でイエス・キリストはおのれを十字架につけた者のために、かく祈ったのであります。
『父よ、彼らを許し給え、そのなす所を知らざればなり。父よ、彼らを許し給え、そのなす所を知らざればなり』

聞きましたか、みなさん。いま自分を刺し殺す者のために、許したまえと祈ることのできるこの人こそ、神の人格を所有するかたであると、わたしは思うのであります…」

突如として、伝道師の澄んだ目から涙が落ちた。信夫は身動きもできずに立っていた。

伝道師は伊木一馬と言った。信夫は伊木一馬をともなって自分の下宿に来た。そこで信夫は言った。「先生、ぼくは、先生のお話をうかがって、イエスが神であると心から思いました。いや、この人が神でなければ、だれが神かと思いました」信夫は、真実心の底からそう思った。

「そうですか。では、もう一度質問しなおしますがねえ。永野君、君はイエスを神の子と信ずると言いましたね。そして、キリストに従って一生暮すと言いましたね。人の前でキリストの弟子だということもできると言いましたね」

信夫はハッキリとうなずいた。

「しかしね。君はひとつ忘れていることがある。君はなぜイエスが十字架にかかったかを知っていますか」
信夫はちょっとためらってから、
「先ほど先生は、この世のすべての罪を背負って十字架にかかられたと申されましたが……」
「そうです。そのとおりです。しかし永野君、キリストが君のために十字架にかかったということを、いや、十字架につけたのはあなた自身だということを、わかっていますか」

伊木一馬の目は鋭かった。

「とんでもない。ぼくは、キリストを十字架になんかつけた覚えはありません」
大きく手をふった信夫をみて、伊木一馬はニヤリと笑った。
「それじゃ、君はキリストと何の縁もない人間ですよ」
その言葉が信夫にはわからなかった。

「先生、ぼくは明治の御代(みよ)の人間です。キリストがはりつけにされたのは、千何百年も前のことではありませんか。どうして明治生れのぼくが、キリストを十字架にかけたなどと思えるでしょうか」

「そうです。永野君のように考えるのが、普通の考え方ですよ。しかしね、わたしはちがう。何の罪もないイエス・キリストを十字架につけたのは、この自分だと思います。これはね永野君、罪という間題を、自分の問題として知らなければ、わかりようのない問題なんですよ。

◇幼き頃にかかった集団赤痢による後遺症で、全身麻痺となったために、五十音図表を使って「まばたき」による合図で、数多くの素晴らしい詩を遺された水野源三さん(「まばたきの詩人」と称されました)という人がおられました。その源三さんが、次のような詩を書いておられます。

       
私がいる

     ナザレのイエスを
     十字架にかけよと
     要求した人
     許可した人
     執行した人
     それらの人の中に
     私がいる

◇さて、こうしてクリスチャンとなった信夫は、やがて塩狩峠に向かう客車の中にいたのです。そのときの描写です。

凍てついていた窓の氷もいつのまにかとけ、乗客たちはそれぞれなごやかに話し合っていた。汽車はいま、塩狩峠の頂上に近づいていた。この塩狩峠は、天塩の国と石狩の国の国境にある大きな峠である。旭川から北へ約三十キロの地点にあった。深い山林の中をいく曲りして越える、かなりけわしい峠で、列車はふもとの駅から後端にも機関車をつけ、あえぎあえぎ上るのである。

「おや、この汽車はうしろに機関車がついていませんよ」
六さんは後部の方を見たまま言った。
「ああ、車両が少ないからでしょうね。しかしうしろに機関車がつかないで上るのは、珍しいですね」信夫は六さんにあいづちを打った。汽車はいまにもとまるかと思うほど、のろのろと峠をのぼっていく。

汽車は大きくカーブを曲った。ほとんど直角とも思えるカーブである。そんなカーブがここまでにすでにいくつかあった。

「ありがとうございます。坊っちゃま、虎雄がどんなに・・」六さんがこう言いかけた時だった。一瞬客車がガクンと止ったような気がした。が、次の瞬間、客車は妙に頼りなくゆっくりとあとずさりを始めた。体に伝わっていた機関車の振動がぷっつりととだえた。と見る間に、客車は加速度的に速さを増した。いままで後方に流れていた窓の景色がぐんぐん逆に流れていく。

無気味な沈黙が車内をおおった。だがそれは、ほんの数秒だった。
「あっ、汽車が離れた!」
だれかが叫んだ。さっと車内を恐怖が走った。
「たいへんだ! 転覆するぞ!」
その声が、谷底(たにぞこ)へでも落ちていくような恐怖を誘った。だれもが総立ちになって椅子にしがみついた。声もなく恐怖にゆがんだ顔があるだけだった。
信夫は事態の重大さを知って、ただちに祈った。どんなことがあっても乗客を救い出さなければならない。いかにすべきか。信夫は息づまる思いで祈った。その時、デッキにハンドブレーキのあることがひらめいた。信夫はさっと立ち上がった。

「皆さん、落ちついてください。汽車はすぐに止ります」
壇上で鍛えた声が、車内に凛とひびいた。

信夫は飛びつくようにデッキのハンドブレーキに手をかけた。信夫は氷のように冷たいハンドブレーキのハンドルを、力いっぱい回し始めた。・・信夫は一刻も早く客車を止めようと必死だった。

次第に速度がゆるんだ。信夫はさらに全身の力をこめてハンドルを回した。・・かなり速度がゆるんだ。信夫はホッと大きく息をついた。もう一息だと思った。だが、どうしたことか、ブレーキはそれ以上は、なかなかきかなかった。信夫は焦燥(あせり)を感じた。・・いま見た女子供たちのおびえた表情が、信夫の胸をよぎった。このままでは再び暴走するにちがいない。と思った時、信夫は前方約50メートルに急勾配のカーブを見た。

信夫はこん身の力をふるってハンドルを回した。だが、なんとしてもそれ以上客車の速度は落ちなかった。みるみるカーブが信夫に迫ってくる。再び暴走すれば、転覆は必至だ。次々に急勾配カーブがいくつも待っている。たったいまのこの速度なら、自分の体でこの車両をとめることができると、信夫はとっさに判断した。一瞬、ふじ子、菊、待子の顔が大きく目に浮んだ。それをふり払うように、信夫は目をつむった。と、次の瞬間、信夫の手はハンドブレーキから離れ、その体は線路を目がけて飛びおりていた。

客車は無気味にきしんで、信夫の上に乗り上げ、遂に完全に停止した。

5月28日、信夫が逝った2月28日から、ちょうど3ヵ月たったきょうである。
信夫の死は、鉄道員たちは勿論、一般の人たちにも激しい衝撃を与えた。ふろ屋に床屋に、信夫のうわさは賑わい、感動は感動を呼んだ。
「ヤソは邪教だと思っていたが、あんな立派な死に方をする人もあるんだなあ。ヤソも悪い宗教とは言えんなあ」
そう人々は語り合った。キリスト信者になれば、勘当もされかねない時代である。だが信夫の死は、その蒙(もう)を切りひらいた。そればかりではなく、旭川・札幌を中心とする鉄道員たちは、一挙に何十名もキリスト教に入信した。その中にあの三堀峰吉もあった。

三堀は、信夫の死を目(ま)のあたり見たのだった。客車が暴走し、誰もが色を失い、三堀もまた夢中で椅子の背にしがみついた。しがみつきながら、ひょいと見た三堀の目に、静かに祈る信夫の姿があった。それはほんの二、三秒に過ぎなかったかも知れない。しかしその姿は、実に鮮やかに三堀の脳裡に焼きつけられた。つづいて凛然(りんぜん)と、いささかの乱れもなく乗客を慰撫(いぶ)した声。必死にハンドブレーキを廻していた姿。つとふり返って、三堀にうなずいたかと思うと、アッという間もなく線路めがけて飛びおりて行った姿。そのひとつひとつを、客車のドア口にいた三堀は、ハッキリと目撃したのだった。

人々は、汽車が完全にとまったことが信じられなかった。恐怖から覚めやらぬ面持ちのまま、誰もが呆然としていた。
「とまったぞ、助かったぞ」
誰かが叫んだ時、不意に泣き出す女がいた。つづいて誰かが信夫のことを告げた時、乗客たちは一瞬沈黙し、やがてざわめいた。ざわめきはたちまち大きくなった。バラバラと、男たちは高いデッキから深い雪の上に飛びおりた。真白な雪の上に、鮮血が飛び散り、信夫の体は血にまみれていた。客たちは信夫の姿にとりすがって泣いた。笑っているような死顔だった。

◇さて、対人支援実践に携わる者にとって、この『一粒の麦』の喩えに示された、主イエス様の視点は、非常に重要なまなざしです。もちろん、だからと言って、この長野氏と同様に、自らの命を失することが直ちに要求されるものではありません。そうではなく、日常的な対人支援実践において、主イエス・キリスト様が、あのカルバリ山の十字架上で示された〈愛のまなざし〉が必要であるということを意味しているのです。

◇しかし気をつけなくてはならないことは、何かそのことによって自分が評価されよう、高められようとするような意識をそこに働かせてはならない、といったことです。あるいは、これとは逆に、自己犠牲的なヒロイズム意識、すなわち、「だれも自分の働きを理解してくれなくても良い、自分さえ分かっていれば良いのだ」、といった考えや、「自分がやらなくては」といった意識をもってするような実践も、やはり同じく自己満足的な実践なのです。そして、それは主イェス様が示された『一粒の麦』とは異なるものなのです。

◇主イエス様は私たちに、何よりもまず第一に愛なる神様に忠実に従うことを求められました。そしてご自身が十字架上での「赦し」を通して、その模範を示されました。そのことによって、私たち一人ひとりに対する救いの道を開いて下さったのです。

◇聖書には「人がその友のために自分の命を捨てること。これよりも大きな愛はない」
(ヨハネ福音書 15:13) という主イエス様のお言葉が記されております。さらには「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(10:11) 「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」(第1ヨハネ 3:16)との御言葉(聖句)が示されています。

◇主イエス様が示された「友」とは、全ての隣り人(となりびと)を意味します。ゆえに、必ずしも自分に対して好意を寄せてくれる人とは限らないのです。そうした隣り人の全てを「友」としてとらえ、そうした「友」のために自らが『一粒の麦』となって生きることを主イエス様は言われたのです。ここに「他者を活かす」、といったまなざしがあるのです。そして、その奥義(おうぎ)さえ掴めば、だれしもが『一粒の麦』となることができるのです。ですから、私たちもまた、この福音の奥義をしっかりと掴もうではありませんか!

※お祈りをささげます。
「恵み豊かなる、愛なる神様。今朝のチャペル・メッセージで、愛なる神様を証しする機会が与えられましたことを、心から感謝いたします。もしも私たちが『一粒の麦』のたとえのごとくに、他者の喜びのうえに、自らの喜びを重ね合わせ、また悲しみを有する人の悲しみを我が事としつつ、共に歩みを進めるならば、その歩みが神様に喜ばれ、そして祝福に満ちた人生を歩むことができることを教えられましたから、ありがとうございます。今日ひとひの私たちの歩み、そして明日からの歩みをも豊かにお導きくださいますように・・。この切なる祈りを、尊き主イエス・キリスト様のお名前によって、信じてお祈りを申し上げます。ア〜メン!」