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『イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。・・人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。』(ルカによる福音書 第19章5〜10節 新共同訳聖書)
◇最初に、今年の8月13日に書かれた、ある短いエッセーをご紹介したいと思います。タイトルは“「金」目指す千葉さん”です。

*「大阪(国際女子マラソン)と比べて調子は2倍いいよ」と朗らかに話すのは小出義雄さん(佐倉アスリートクラブ)。間近に迫った世界陸上へ向けて、米国のボルダーで高地合宿を行う千葉真子さんのことです。彼女自身も「目指すは金メダルです!」とキッパリ。
*ボルダーではQちゃん(高橋尚子)とともに生活。長距離走は一緒に行う日も多いようです。2年前、千葉さんが小出さんの門をたたいたときは、30キロ走をQちゃんと走っても、5キロもするとおいていかれ、Qちゃんが豆粒のように見えなくなってしまったそうです。でも今は、「いい勝負をするよ。千葉ちゃんの足が前とは全然違うからね」と小出さんは得意げに話すのです。
*これまで唯一の悩みが食事の量でした。千葉さんは決して、食べられないのではなく、常に”少なめに少なめに”を意識していたのです。2年前、ボルダーを取材で訪れた時も、鳥肉をレタスの下に隠した彼女に、「千葉ちゃーん」と小出さんは笑いながらレタスをおはしでめくりあげるのでした。それが、今は朝、昼、晩にしっかり食べ、「食べて良い筋肉をつくる」ことを自然に学んだようです。
*それにしても「大阪と比べて2倍いい」なんて何と頼もしい。あの時だって、最後の2.195キロを誰よりも速く走り、わたしはあの底力に彼女の競技歴が表れていると思ったものです。1996年アトランタ五輪1万メートルで5位、97年アテネ世界選手権1万メートルで銅メダル。将来を嘱望されましたが、その後はけがの連続。2001年1月、旭化成を退社しました。
*栄光から挫折を味わうと、ゼロからの再出発は切りにくいものです。声も明るく苦悩を見せたがらない千葉さんですが、はんなりとした雰囲気の中に、「京おんな」のシンの強さが、かいま見られます。

◇このエッセーは、スポーツライターとして活躍している増田明美さんの「おしゃべり散歩道:2003」(共同通信/2003年8月13日配信)の記事です。事実、その後の、8月31日にフランスのパリで開催された世界陸上で、千葉さんは銅メダルを獲得したのでした。

◇この増田明美さんは、マラソンシーズンになると、しばしばテレビの解説者を務め、選手一人ひとりの背景を肯定的にやわらかく受け止め、かつ、その人が有する良い側面を強調した、温かな視点からランナーを紹介してくれます。

◇現役ランナーであった当時の増田さんのイメージは、激しいトレーニングによって自己を厳しく鍛錬し、悲壮な表情を漂わせながら、ただひらすら走る、といった「頑張りの極限状態」といったイメージのみが私の記憶にあります。そうした彼女が、こうした穏やかで温かなまなざし、すなわち“受容的なまなざし”を有するに至ったのには、彼女自身のこれまでの歩みを除いては理解することが困難です。

◇増田さんの略歴を彼女のホームページからご紹介いたします。

1982年2月。地元千葉での初マラソンで全男子選手を抜き去りながら2時間36分34秒の日本最高、かつ世界ジュニア最高記録で走る。3月の「中日20キロマラソン」で世界最高記録で走り、瞬く間に”ロス五輪期待の星”となる。しかし1984年8月。日本中の期待を集めたロス五輪(女子マラソンでは初めて公式種目)では無念の途中棄権、期待ばかりかけたがる世間の冷たい視線を浴びる。川崎製鉄を退社。1986年3月。教職を目指し法政大学に入学するが、マラソンを捨てきれず、1年で中退。渡米してオレゴン大学に陸上留学し、明るさと独立心を身につけて帰国する。1992年1月。大阪国際女子マラソンを最後に引退。日本記録12回の13年間の現役生活に幕。その後、おばあちゃん譲りのおしゃべり好きも活かして、テレビ・ラジオでマラソン解説の他、トーク番組などに出演。スポーツライターとしても新聞や雑誌などにエッセイを寄稿する。又、日本各地の市民ランナーへのマラソン指導や講演活動を通して、走る楽しさを伝えている。

◇増田明美さんの、こうした徹底した自己鍛錬や頑張りによる栄光と、故障による挫折とを通して獲得したバランスの良いまなざしが、選手一人ひとりへ対する肯定的で、温かなまなざしとなっているのではないかと私は思うのです。

◇さて、本日の聖書箇所である、この「ザアカイの回心」の箇所は、ルカによる福音書のみが記している内容です。そして10節の『人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。』の聖句は、この福音書の主題テーマでもあります。

◇「ザアカイ」とは、本来「義人」もしくは「きよい人」といった意味です。しかし彼は「背が低い」(3節)といった身体的なコンプレックスのゆえからか、そのことの裏返しとして金銭欲に走り、「徴税人のかしらで、金持ち」(2節)でした。しかしザアカイの心は決して充たされてはいなかったのです。このように、物質的な充足というのが真の意味での充足ということにはならないのです。

◇主イエス・キリスト様が来られることを聞いたザアカイは、何とかして主イエス様を見たいと思いました。しかし背が低いことに加え、これまでの彼の生き方から「どうしてお前なんかが来たんだ!」といった人々からの冷ややかな視線が気になり、止むなく木に登ったのであろうと思われます。それを主イエス様が素早く見つけられ、彼を回心(悔い改め)へとお導きになられたのです。すなわち、主イエス様が「ザアカイ、急いで降りて来なさい」とおっしゃると、ザアカイは「急いで降りて来た」のです。主イエス様は、そうしたザアカイを心から受け容れ(受容し)、そのことによってザアカイもまた即座に主イエス様に心を開いたのでした。すなわち、主イエス様に全面受容をされた、といった安心感がザアカイをして回心へと導いたのでした。

◇ところで、10月5日は阪神=巨人戦の最終戦でした。試合後に、巨人軍の原監督に、阪神タイガースの星野監督が花束を渡すシーンがありました。しっかりと原監督の手を握りしめ、肩を抱きながら、20〜30秒間ほど、何かを語りかけていました。たちまち原監督の表情が涙顔に変わり始めました。実に感動的なシーンでした。「星野監督は原監督に何を言ったのだろう?」テレビを見ながら、わたしはそう思いました。

◇星野監督は翌、10月6日の担当記者からのインタビューに対して、次のように答えています。
−−原監督についてですが、抱き合ったとき何を話したんですか

「若いしね。近い将来、またユニホームを着るやろうし。“くじけるな、また勉強せえよ”と。そういうことやね」

◇来期に向けての続投を強く願っていた巨人軍の原監督は、きわめて不本意な形で監督辞任へと追いやられました。しかし、辞任会見でも口を真一文字に結び、そうした恨み言は一切言わずに堪え忍んできました。そうした原監督を星野監督は全面的に受容したのです。「あぁ、この人は自分のことを、こんなにも分かってくれているんだ・・」そうした篤き想いが、無念の想いを胸に秘め、これまでジッと耐えてきた原監督の心の奥に秘められている気持ち、すなわち琴線(心の糸)に触れ、思わず涙があふれ出たのではないかと私には思えるのです。

◇さて、主イエス様はここで木の上のザアカイに地上へ「急いで降りてくる」ことを求められました。そのことはすなわち、人の関係を上下関係ではなく、水平関係でとらえようとする主イエス様のまなざしを意味しています。なぜなら、主イエス様ご自身こそが「天からくだって来られた」お方だからです。「ピリピ人への手紙」の2章8節には『おのれを低くして』と書かれてあります。つまり「急いで降りて来なさい」とのお言葉をかけることによって、主イエス様はザアカイに「金銭の蓄積に走って、それで自分のバランスを保とうとしたり、隠れて高いところへ登り、身を隠す必要はない。そのままのあなたで良いのだ!」とのニュアンスを示されたのです。「そのままのあなたで充分である!」この言葉がザアカイにとってとれほどの安らぎを与えたか計り知れません。ザアカイが感激し、そして即座に回心した理由はそこにあります。そしてそれはザアカイのみならず全ての人にとっても同じなのです。

◇神様から祝福をいただく道とは何でしょうか? それは「判断」ではなく「決断」で生きる、ということです。マタイによる福音書の4章18〜22節には「ペトロと呼ばれるシモンと、その兄弟アンデレ」、それに「ゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネ」とが主イエス様の招きに直ちに従った、といった出来事が記されています。同じく、マタイによる福音書の9章9節には、「収税人マタイ」が「わたしに従いなさい」との主イエス様のお言葉に、直ちに従ったことが記されております。そしてザアカイも、主イエス様からの招きに即応して、直ちに従ったのです。すなわち、そこには「判断」ではなく「決断」があったのです。ここに祝福の原則があるのです。

◇主イエス様は「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである」と言われました。すなわち、ここには「もともと全ての人は素晴らしいのだ。その人でなければならない〈かけがえのない固有の存在〉なのだ」との意味が含まれています。そして「そのことを自分自身で見いだすことができない人がいるため、それを気づかせてあげるのがわたしの役割なのである」と言われたのです。つまりは「悪い人間を良く変えてあげるのが自分の役割ではなく、もともと神様が善しと言われて造られたところの素晴らしい存在であることを気づかせてあげるのが自分の役割なのである」と主イエス様は言われたのです。これはすばらしい福音です。なぜなら、その人がどんな状態の人であっても、その人が自分が生きるうえでの真の意味や、正しい目的を見いだすならば、その人は「かけがえのないプラス側面を有した独自的存在」なのである、と主イエス様が言われたからです。

◇『泥かぶら』という話があります。わたしも幼いときに、その劇を見たことがあります。
*泥かぶらへの古老からのアドバイス⇒『いつもにっこりと笑うこと。他人(ひと)の身になって思うこと。自分の醜(みにくさ)さを恥じないこと。来る日も来る日も守ってごらん。きっと美しい人になれる。』(真山美保『泥かぶら』より)

*いつもにっこりと笑うこと⇒「感謝と、喜びのまなざし」
*他人(ひと)の身になって思うこと⇒「他者理解と受容のまなざし」
*自分の醜(みにくさ)さを恥じないこと⇒「弱さを自己受容するまなざし」

◇主イエス様は私たちに「ありのままの自分で良いのだ」と言われ、そうした私たちを永久(とこしえ)から今に至るまで全面的に受け容れ、一方的に愛し続けて下さっておられるのです。神様からのその愛とは何でしょうか? それは『神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。』(ヨハネによる福音書3章16節)。『わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。』(ヨハネの手紙第1・4章10節)なのです。

◇そして主イエス様によって絶対的に愛され、受け容れられていることを理解した人は、次には自分自身を健全に愛し、受け容れることが出来るようになり、さらには他者をも同じように愛し、受け容れることが出来るようになるのです。なぜなら、自分を健全に愛し、受け容れる容量(度合い)と、他者を愛し、受け容れる容量(度合い)とは等しく、かつ正比例してゆくものだからです。

◇しかし、自らの弱さをマイナスととらえ、そう信じ込んでいる人は、何よりも神様から自分自身が「絶対的に赦され、愛され、そして受け容れられている存在である」とのまなざしが欠落しているのです。そのため、ザアカイのごとくに表面的・物質的に満たされることによって自らのバランスを保とうとしたり、あるいは他者を恨んだり、攻撃することによって満足を得ようとしたりもするのです。しかしこれは根本的な解決ではありません。なぜなら、そうした破壊的・攻撃的な人の末路は、ついにはその刃(やいば)を自らへと向けざるを得ないからです。すなわち、そうした人には自己破壊(破滅)しか残された道はないからです。

◇生前、『まばたきの詩人』と言われた水野源三(1937〜1984)さんが、天に召される2年前に遺した作品の中に、『生きる』と題された、次のような美しい詩があります。

  神さまの 大きな御手の中で
  かたつむりは かたつむりらしく歩み
  螢草は 螢草らしく咲き
  雨蛙は 雨蛙らしく鳴き
  神さまの 大きな御手の中で
  私は 私らしく 生きる

◇わたしたちは、ありのままのあなたで良いのだ、と言われる主イエス様のお言葉を、ザアカイが受け取ったのと同じ感激の想いをもって主体的に受けとめ、そのことによって自分自身を正しく受け容れつつ、互いに愛し合おうではありませんか。

◇それでは、お祈りをささげましょう・・
「恵み豊かなる愛なる神様。今日の良き日をありがとうございます。私たちは、そのままでは、ありのままの自分を健全に受け容れ、愛することが困難な場合が多くあります。しかし、そうした弱き・乏しき自分でさえも、主イエス様はそのままのあなたで良いのだ、と言われ、ありのままの自分を受け容れてくださいますから、ありがとうございます。そして、そのことによってお互いを受け容れ合う歩みをなすことができますように、日々のお励ましをお願い申し上げます。私たち一人ひとりの日々の歩みをお守りください。この祈りを、われらの救い主。尊き、主イエス・キリスト様のお名前によって、信じてお祈りを申し上げます。ア〜メン。」