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『さて、イエスは通りすがりに、生れつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。』(ヨハネによる福音書 第9章1〜3節 新共同訳)
◇阪神タイガースの星野監督は、担当記者たちとの9月22日のインタビューで、このように語っています。
 −−(ピッチャーの)福原の状態は?

「手術する前より、ずっと、いいタマを投げる。きょう(9月21日)投げるが、ビジターでいいピッチングをしてほしい」

 −−けがの功名ですね

「肩やひじにメスを入れたピッチャーは、一度は死んだんや。そこから、また投げられるようになった。アイツにとって、涙が出るくらいうれしいことやと思うよ」「オレも、ムチ打ちになって首の手術をしたことがある。あの時は車イスの生活を覚悟した。それまでは、ムチ打ちの辛さをわからんかった。あれで、当事者の苦しみをわかるようになったな」

◇星野監督は以前、飛行機に乗っている際に、座席の上の荷物入れから荷物が落ちてきて、かなり重いむち打ち症に罹ったことがあったのでした。ちなみに、星野監督は幼い頃に重度の機能制約を有するために、自分では学校に通うことが出来なかった同級生を毎日、背負って学校へ通った、ということです。星野監督の中に、厳しさと共に、暖かさを感じるのは、自らのこうした経験があったからかもしれません。

◇さて、ヨハネ福音書に示されているこの記事は「視力に制約状況を持つ人への癒しの奇蹟」としてよく知られている箇所です。そして人がなにゆえに苦難や試練を負うのかといった疑問に対する聖書的な答えとして、しばしばこの聖書箇所が用いられます。ちなみに「ラビ」とは、「偉大な」という意味で、尊敬を表す呼びかけです。また、当時は肉体の不幸は罪の報いである、との考え方があったのです。

◇ところで、この聖書の記事に関しては、私には忘れることのできない苦い思い出があります。それは、私が最初の大学を卒業して、直ちに勤めた肢体不自由児養護学校での出来事です。高等部に所属していた私は、あるとき自分が担任をしていた学年の女子生徒の一人に「あなたの体が不自由なのは、神様のみ業があなたに顕れたためです・・」と言ったところ、当時、18歳のその女子生徒はキッとした顔で私を見つめ、「どうして神様のみ業がこの自分に顕れなければならないのか? それよりも私はよく動く体が欲しいのです!」と語ったのでした。こうした現場に関わりを持ち始めたばかりの若い私は、その言葉を聞いてひどくショックを受けてしまい、それ以後、この聖書の記事を安易(安直)に語ることができなくなってしまったのでした。

◇○○チャンという、ほがらかな子どもがおりました。○○チャンはとても体が小さく、松葉杖で歩いていました。いつも明るく、そしてチョッピリおしゃまな子どもでした。ところがその○○チャンがある時、ワーワーと泣いているのです。「どうしたのですか?」と母親に聞くと、これから足の訓練のために病院へ行くとのこと。聞くと、訓練で足を開く時にひどく苦痛らしく、そのことで病院へ行くのがイヤだ、と泣いていたのです。

◇数年後、その○○チャンは、あっけなく死んでしまいました。わずかに10歳でした。「駆け抜けていった命」、彼女の死を私はそう表現しました。その時、すでに養護学校を退職していた私は連絡を受け、○○チャンの家へ行きました。そして遺影を見ると、何とそこにはかつて私が撮って○○チャンにあげた写真が使われていたのでした。そしてこれが一番良く撮れていた写真であった、と母親が私に告げてくれたのです。そのごとくに、本当に笑顔がステキな写真でした。○○チャンの母親は、私に「この子は、わたしたちの何倍ものスピードで生きたのでしょうね」。そうしみじみと語ってくれたことが今、懐かしく思い出されます。人生を長さ(量)で生きるのではなく、中身(質)で生きることの大切さを、その時、私はほんとうに知ったような気がするのです。

◇○○チャンという、当時6歳の重度状態の子どもがおりました。○○チャンの母親はいつも「この子は、私が母親だということを理解してくれていないのです・・」とサミシソウに私に語っていました。

◇さて、私は毎日のように帰りのスクールバスを見送るのを常としていました。毎日おもいっきり手を振ってスクールバスを見送るのです。なぜなら、それがそのまま最期となってしまった子どももいたからでした。○○チャンはキラキラ光るものが好きで、スクールバスのなかで、よく私の腕をペロペロ舐めながら、腕時計を見つめていたものでした。時計が光に反射してキラキラしていたからでしょう。そんな子どもでした。

◇そんなある日のことでした。私が帰りのスクールバスの中にいると、○○チャンのお母サンが、わが子に向かってこう語りかけている姿に偶然、出合ってしまいました。そのとき、○○チャンのお母さんは、愛する我が子に向かって、「○○、長生きして欲しいけれど、あなたはお母サンが死ぬ少し前に死んでね!」と静かに語りかけていたのです。私はドキッとしました。とてもじゃないけれど「お母サンそんなことはないですョ!」などと浮わついた言葉をかけてあげられるような雰囲気ではなかったからでした。そんなことがありました。そして今でも、それがまるで昨日のことのように鮮やかに思い出されてくるのです。それほど私にとっては衝撃的な出来事でした。そこには「自分が先に死んだらこの子はいったいどうなるのだろう?」といった気持ちがあったことは明らかだったからです。ひどい脱力感が私を襲ったのを覚えています。もう20数年前のことです。

◇「当事者家族のこうした悲しみや苦しみを少しでもやわらげ、当事者本人や、その家族たちが安心して生活できるような世の中をつくらなければならない!」。そのときから私の生きる姿勢、すなわち基軸がしっかりと定まりました。

◇その後、私自身も腰痛症と頸肩腕症候群症の病を得ました。職業病として認定されたほどに、辛く、苦しい病でした。そして、その後遺症は現在も継続しています。私自身が病を得た当時(26歳頃)、私はあるキリスト教関連の雑誌に、次のような文章を投稿しました。その一部をお読みしたいと思います。

□もう五ヵ月も入院している生徒がいる。彼女の大腿骨はエンピツの太さぐらいしかなく、今までにも幾度となく骨折している。これからも何度か入院することになるだろう。彼女の十字架はとても重い。しかし、私は彼女の重荷を負ってあげることはできない。とてもくやしく思う。

□先日、病室の彼女を屋上に出してあげた。もちろん抱きかかえて。彼女は17歳である。ちょっと重い。まして私は、こういった職業につきものの「腰痛症」である。手足の痛みのひどい時には、本のページを舌でめくらなければならないこともある。現在はドクターストップがかかり、欠勤を余儀なくされている。

□屋上にあがって回りを見わたした彼女はなんともいえない顔をしていた。入院して初めて外に出たのである。私も胸がいっぱいになり、いっしょに感慨にふけっていた。彼女は病室でもその柔和さで皆から好かれている。一生松葉杖を友として歩まなければならない女性にとって、17歳という年齢はわれわれの想像以上に辛く苦しい時期であろう。ジッと耐えているように思う。ただジッと・・。

◇このような文章でした。

さて、聖書には以下のような神様からの御言葉が示されております。

@『神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった』(創世記 1:31)
A『神のなされることは皆その時にかなって美しい』(伝道の書 3:11) 
※新共同訳聖書では「コヘレトの言葉」
B『主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。』(エレミヤ書 29:11)
C『神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。』(テモテ第T 4:4)
D『わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。』(イザヤ書 43:4)

◇こうした聖書のまなざしに対して、ご紹介したような、こうした不合理とも思えるまでの、悲しみや困難の現実を、私たちはどういったまなざしで理解し、受けとめるべきでしょうか?

◇長年、ノートルダム清心女子大学の学長をされた、渡辺和子シスターは次のように述べておられます。『神の優しさは、試練を与えないことによって示されるのではなく、試練に耐える力を添えることによって示される。』(渡辺和子『愛をこめて生きる』PHP研究所 1989年)

◇すなわち、私たちは、感謝できないような試練の状況に対して、そうした試練に耐え得(う)る力を添えてくださる神様のご配慮に対する感謝のまなざしを持つ必要がある、とおっしゃるのです。深い洞察に基づくまなざしだと思うのです。

◇聖書には以下のような神様からの御言葉が示されております。

◇『神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。』(コリント第1 10章13節)新改訳聖書

◇私たちは自らもまた苦難や試練にさらされるがゆえに、同じくそうした状況に置かれている人たちの気持ちが共感的に理解できるのです。「辛くて苦しいのです・・」そう語る人に対して「分かりますよ。私もそうだから・・」と静かなる微笑みをもって受けとめ、そして相手の状況をあるがままに受け容れることができるのです。まことに弱さは恵みなのです。

◇厳寒の地である北海道紋別郡遠軽町に、かの留岡幸助によってキリスト教精神に基づいて創設された男子だけの民間教護院(現在は児童自立支援施設)である北海道家庭学校があります。そこで、文字通り24時間態勢で働いてこられた谷昌恒先生は次のように述べておられます。『私たちは生涯を通して、人の二倍も、三倍も荷物を負い続けるのです。だれかが負わなければならないなら、私が背負います。さり気なく、元気に、明るく、負い続ける。その覚悟が、現場での、同労の友たちへの、私の心からの期待と願いというべきものです。』(『職業として福祉を志して』社会福祉研究・第51号 鉄道弘済会 1991年)

◇悲しみや苦しみを「さり気なく、元気に、明るく、負い続ける」ことが必要である、と谷先生は言われるのです。悲壮な面持ちで背負うのであってはならない、とおっしゃるのです。背負うべき荷物が重いからこそ、元気に、明るく負い続けるのだ、そうおっしゃるのです。

◇聖書には次のような御言葉が示されています。

◇『試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。』(ヤコブの手紙 1章12節)新改訳聖書

◇私たちは皆、等しく弱き立場に置かれている人々への良き支援者となるために、この学舎(まなびや)で励んでいます。そうした中で、ときおり、学生からこうした悩みを打ち明けられることがあります。それは「こんな弱い自分が、果たして良き支援者となれるのであろうか?」といった悩みです。そんなとき、私は「自分が弱いと自覚している間は、良き支援者となるための必要なまなざしを備えているんだよ!」と・・。自らの弱さを知るがゆえに、同じく弱さを抱えておられる人の良き隣人(となりびと)となることができるのです。日々、つまずき悩むがゆえに、同じ状況に置かれている人へ、共感的理解のまなざしを持ち得るのです。

◇私たちは、弱き立場に置かれている人たちへの、より良き支援者として鍛えられてゆくために、神様から特別に選ばれて試練や苦しみ、悲しみが与えられるのです。そして、私たちがそうした神様からの「選びの試練」の真の意味を見いだすならば、神様から自らに与えられた苦難や試練等を希望をもって受け容れ、耐えきることができるのです。聖書には次のような御言葉があります。

『わたしたちは・・神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。それだけではなく、艱難をも喜んでいる。なぜなら、艱難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出すことを、知っているからである。そして、希望は失望に終わることはない。』(ローマ人への手紙 5章2〜5節)協会訳聖書

◇さて、十字架の意味とは何でしょうか? それはマイナス思考の横線(−)に、縦線(|)を引くことによってプラス(+)と変化することを意味しています。

◇神様は私たちを信頼してくださるがゆえに、私たちが「耐えうる範囲内」での試練や苦難、そして悲しみをお与えになられるのです。したがって、私たちは、そうした神様の私たちへ対するご信頼に、しっかりとお応えをしたいと思うのです。私たちに対して与えられた試練や悲しみには、必ずや神様の深きご計画が秘められているのです。神様の為されることには最善以下のことは決してないのです。そこには必ずプラスの意味があるのです。そのことを、しっかりと覚えつつ、日々の歩みをなしてゆきたいのです。

◇それでは『希望を捨てないで』という賛美をいたしましょう。

希望を捨てないで どんなに辛くても
イエス様が 生きて 働いておられる

希望を捨てないで 祈りは届いている
イエス様の愛に この身を委ねよう

※お祈りをささげます。
「恵み豊かなる、愛なる神様。この良き日、良き時をありがとうございます。私たちの人生には、日々、数多くの困難や試練がおそってきます。しかし、神様、あなたは私たち一人ひとりを信頼されて、そうした試練や悲しみを立派に耐えきるための、充分な備えをしてくださいますから、ありがとうございます。私たちが、より良き支援者となるべく、鍛えられるために、神様から選ばれたことを感謝します。そして、神様から与えられた試練や困難を前向きに受けとめつつ、歩むことができますように。今日ひとひの私たちの歩み、そして明日からの歩みを豊かにお導きくださいますように。この祈りを、主イエス・キリストのお名前によって、信じて祈ります。ア〜メン」